テクのサロン

5. 医療とコンピューター:人のからだに入り込むコンピューター

過去の記事を整理・一部リライトして再掲載したものです。 古い技術情報や、 現在、TDKで扱っていない製品情報なども含まれています。

医療とコンピューターというと、電子カルテなどの医療情報システムを思い浮かべる人が多いと思いますが、医療の現場では、コンピューターは患者の身体の中にどんどん入り込んでいます。今月のテクノサロンでは、人体に直接埋め込む最新のコンピューター技術をみてみましょう。

■ RFIDで治療を支援

まず最初にご紹介するのが、RFIDを使った治療支援システムです。RFIDといえば、サプライチェーンマネジメントやトレーサビリティなど、物流を中心としたシステム化の分野で注目されることが多いテクノロジーですが、その本質は「データを小さなチップ(RFIDタグ)に埋め込み、非接触で読み取れる」ことです。このような特性を活かして、医療の分野でもRFIDテクノロジーの実用化が進められています。  

RFIDタグが通信する仕組みをざっとおさらいしてみましょう。

RFIDタグは、小さなメモリー(ICチップ)と、コイル型のアンテナの組み合わせでできています。情報を読み書きするために使用するリーダー/ライターからは常時弱いRFフィールドが発生しています。このリーダー/ライターをタグに近づけることにより、タグに電力が供給され、通信が行われます。  

ここでポイントになるのは、タグ側に、電力を供給するための電池や発電装置などの仕掛けが必要ないということです。ふだんはデータを蓄えたメモリーとしてそこに存在するだけで、必要なときにリーダー/ライターを近づけることで動作するのです。この性質を利用して、患者の体内にRFIDタグを埋め込み医療に役立てるシステムが研究されています。体内にチップを埋め込むというとなんだかぎょっとしますが、骨折した時に骨をボルトで固定したり、心臓病の人がペースメーカーを心臓の近くに埋め込むなど、体内に人工物を埋め込む治療はすでに広く行われています。  

すでにアメリカで認可され実用実験がはじまっている、RFIDを利用した医療システムがVeriChipです。

リーダー/ライターで読み取ったRFIDタグの個体識別番号を読み取り、インターネット経由でデータベースと照合して、治療に必要な情報を引き出す。

VeriChipにはRFIDタグ自体の固体識別番号だけが記録されています。この識別番号を、専用のリーダー/ライターで読み取り、インターネット経由でデータベースと照合して、RFIDを埋め込んでいる人の氏名、社会保障番号などの他、血液型、病歴、処方・治療履歴などの情報を取り出すことで治療を支援するのです。チップ自体が持つのは識別番号だけなので、個人情報漏洩の心配はありません。

 VeriChipを開発したアメリカのApplied Digital社では、米国内の救急センター200カ所に読み取り装置を無料配布することで普及を促進する計画です。また、メキシコでは既に1000人以上の患者がVeriChipを利用しています。

■ コンピューターを脳から直接制御するBCI

コンピューターを、手足を使わず、脳で直接制御する技術がBCI(ブレイン=コンピューター・インターフェイス)です。コンピューターの操作というと、マウスを動かしたり文字を入力したりというだけに感じられますが、コンピューターにさまざまな機器をネットワークで接続することで、いろいろな可能性が広がります。  

例えば、電灯のスイッチをコンピューターで制御すれば、考えるだけで部屋の電気を点けることができます。さらに発展して、自分の義手や義足をコンピューターで制御すれば、考えるだけで義手義足を動かせます。つまり、人体の手足を動かすときと同じように考えるだけで手足が動くのです。事故や病気などで身体を動かすことが困難になった人も、BCIを応用することで、自分で動けるようになる可能性があるのです。BCIを利用したコンピューターによる体の制御システムの概念を図にしてみました。

脳の活動で発生する電気信号をデジタルに変換し、その信号をコンピューターに入力すると、コンピューターに接続された義手や義足が動く。ウェアラブルコンピューターを使うことで、自分のからだと同様に考えるだけで動かせる義手・義足が実現する。

人間の脳の活動は、ニューロンとよばれる神経細胞間で、アナログ電気信号をやりとりすることで行われています。この電気信号のパターンを読み取り、デジタル信号に変換します。デジタル信号をコンピューターに入力することでコンピューターシステムを操作し、外部の機器にあたる義手や義足を動かすというのが基本的な考え方です。  

実際に、アメリカでのサイバーキネティックス社では、脊椎損傷により全身麻痺状態になった患者を対象として、BCIの臨床試験を開始しました。患者は、車椅子に座ったままで、コンピューターを操作したり、道具を操作して物を移動したり運んだりしています。今後、BCIの実用化に向けては、信号の読み取り装置の開発・改良、脳の電気信号の処理手法の開発やパターン研究などさまざまな課題があります。

■ 脳波コントロール技術は諸刃の剣

また、脳波を直接コントロールすることで、治療を行う例もあります。パーキンソン病やてんかんなど、ある種の病気は、脳の機能不全に原因があることがわかってきています。具体的には、脳の特定の部位から、特殊な信号が発信されることで、震えが止まらなくなったり、発作が起きたりするのです。  

ということは、その信号を何らかの形で打ち消すことができれば、症状は出なくなり、患者は不自由なく日常生活がおくれるようになります。実際に、パーキンソン病の治療には、脳内の震えの信号を出している部分の近くに電気発生装置を埋め込み、信号を打ち消すことで震えを止める方法が使われており、日本でも、ケースによっては、保険が適用される治療となっています。

また、てんかんも、発作の直前の前兆現象をモニターして、タイムリーに発作の焦点となる部位に電気信号を送ることで、発作の発生を未然に防ぐことができます。動物実験では有効性がすでに確認されており、間もなくアメリカでは臨床実験がはじまります。  

脳波のコントロールは有用な技術ですが、使い方をあやまると、脳に信号を外部から送り込むことで、人の行動や感情の支配につながってしまいます。すでに、電極を頭につけて、コンピューターで行動を制御されているロボット・ラットの実験がされています。この技術をそのまま応用すると、コンピューターで制御された人間兵器が実現できてしまうという可能性が指摘されています。  

脳の活動は、人が人であることの証である大切な活動であり、ここにコンピューターを持ち込むことは、大きな可能性を秘めている反面、人が人でなくなってしまう可能性もある諸刃の剣です。だからといって、ただやみくもに危険な研究の禁止を叫ぶだけでは、大きく広がる可能性の芽をつんでしまうことになります。有用な技術を正しく役立てるためには、技術の持つ可能性と危険を知り、一般市民の立場で研究の行方を見守っていかなくてはいけないのです。

【 関連情報リンク 】

■ Tech-Mag 2005年1月号/テクのサロン/ユビキタス(RFID) / ネットワークの現在地 Volume.3  電子カルテが広げる医療のネットワーク

著者プロフィール:板垣 朝子(イタガキアサコ) 1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける 著書/共著書 「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム) 「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

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